茨木のり子、よかったです。

マザー・テレサの瞳」

外科手術の必要な者に
ただ繃帯を巻いて歩いただけと批判する人は
知らないのだ

瀕死の病人をひたすら撫でさするだけの
慰藉の意味を

死にゆくひとのかたわらにただ寄り添って
手を握り続けることの意味を

ー 言葉が多すぎます
といって一九九七年
その人は去った



「あの人の棲む国」

ある年の晩秋
我が家を訪ねてくれたときは

荒れた庭の風情がいいと
ガラス戸越しに眺めながらひっそりと呟いた

落葉かさこそ掃きもせず
花は立ち枯れ
荒れた庭はあるじとしては恥なんだが

無造作をよしとする客の好みにはあったらしい



「ある一行」

今この深い言葉が一番必要なときに
誰も口の端にのせないし
思い出しもしない

私はときどき呟いてみる
むかし暗記した古風な訳のほうで< 絶望の虚妄なること まさに希望に相同じい >



倚りかからず

倚りかからず